茶の湯その周辺

床の間          文:可茂 光






先日、江戸から明治にかけて実在した大阪の豪商をモデルにしたドラマセットを見る機会があった。そこには、大事なシーンに必ず登場した床の間も再現されていた。








茶の湯において床の間はもっとも精神の現れる処だと思う。この床の間を大事にする習慣を良くあらわしたドラマがNHKで放映された。何か大事な事を決める時は、その家の当主が床の間を背にする。また客人が訪れた際は、その客人が床の間を背にする。いずれも、大事に守られてきた約束に従った演出がなされていた。



京都にて長く料理の店を継承されている方から直接伺った事に「子に大事な話をする時は、仏間で仏壇を背に、また床の間を背に伝える。すると嘘偽りの無い大事な話が出来る」と。そうやって、何代も継承されてきたのだろうと思いを馳せた。 またこのドラマでは、神棚、稲荷の神を祀る邸内社も大事にされていた。神棚は、その家代々の当主がお榊を替え、家長であるとともに、祭祀の長でもあり、その事を良く反映させていた。


そういえば、茶の湯の宗匠をあらわす○○斎の「斎」には、その部屋、茶室の主、長をもあらわすと聞いたことがある。神社でも祭典時の祭典の長を「斎主(さいしゅ)」と言っている。 余談であるが、このドラマで最終回近く、主人公が逝去した折の位牌には、浄土真宗の諡号が映っていた。モデルは大阪の浄土真宗門徒総代も務めた豪商である。木津家も大国町、浄土真宗願泉寺にゆかり深い。もしかしたら交流があったのではとふと頭をよぎった・・・。

すると本当に加島屋広岡は木津家二代得浅斎の門人との記述があった!



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