待花|卜深庵  


待花

この度の記録的な豪雨に見舞われた福岡、大分両県の多大な被害に遭われましたみなさまに心よりお見舞い申し上げます。

去る5月22日に理事会、引き続き評議員会が開催されました。両会におきまして、昨年度、平成28年度の一般財団法人卜深庵の事業報告と決算が無事に承認されました。平素より、会員はじめ理事・評議員・多くの方々のご支援、ご鞭撻により卜深庵の運営がなされていますことに厚く感謝申し上げます。

本年度の事業としまして、去る4月22日に恒例の四天王寺聖霊会掛釜を担当しました。6月3日には同じく恒例の比叡山延暦寺大講堂で営まれます伝教大師御影供献茶奉仕を滞りなく終えることができました。なお、献茶終了後、奉仕に参加してくれた有志により、鎌倉時代に新たな茶種と抹茶法を請来した栄西禅師が修行した故地と、伝教大師最澄ゆかりの日吉の茶園、嵯峨天皇が唐崎行幸の帰途梵釈寺永忠から茶を献じられた崇福寺趾等、茶の湯とゆかりの深い遺跡の見学を行いました。

3年前に『木津宗詮 武者小路町千家とともに』の執筆している時に教育者で書家・画家、そして跡見学園創立者の跡見花蹊が2代得浅斎宗詮の門人であったことが判明しました。得浅斎は幕末維新に生き、家元一指斎の後見をし、大坂を中心に武者小路千家の茶の湯を教授しました。また尊皇の志が厚く明治の元勲陸奥宗光やその父伊達千広と親交して国事に奔走し、壮年に後継者宗税を亡くし河内に隠棲しました。得浅斎は幕末維新の混乱期に生きこれまでその事跡の多くが不明でした。そして跡見学園女子大学嶋田英誠学長の格別のご高配により跡見学園女子大学花蹊記念資料館所蔵の『跡見花蹊日記』を特別に閲覧させていただき、知られざる得浅斎と跡見花蹊の深い関わりが判明しました。得浅斎は花蹊をわが子のように可愛がり、花蹊も得浅斎やその娘たちと家族同様に懇意にしていました。このことが機縁となり花蹊記念資料館の紀要『にいくら』への執筆依頼がありました。このたびその発行がなされ、『木津宗詮 武者小路町千家とともに』同様、この『にいくら』を通じて卜深庵木津家2代得浅斎の事跡が広く多くの方にご理解いただけることを切に希望しています。

今年度の事業として、来る7月23日京都市北区の久我神社におきまして献茶奉仕・掛釜を行います。同社は賀茂別雷神社(上賀茂神社)の境外摂社で、一昨年、斎行されました第42回式年遷宮の事業の一環として、昨年45年ぶりに本殿の屋根の葺替えが行われ、今回はそれを記念しての献茶となります。同月29日には東京新宿の茶の湯同好会の第47回茶道夏期大学におきまして「宗旦の子に生まれて-官休庵の源流-」と題して一翁宗守についてのレクチャーを行います。9月23日に恒例の南宗寺彼岸会掛釜、10月28日に芳春院の2代住職で一翁の参禅の師であります玉舟宗璠の400回忌茶席の点前、11月13日水無瀬神宮土御門天皇祭献茶掛釜、11月16日に玉林院月釜掛釜の担当があります。 また、卜深庵主催ではありませんが、卜翠会主催になる塗前端雅峰の指導による蒔絵、越前和紙製作の体験や見学会の企画をしてもらっています。


 このように多くの心ある方々のご支援・ご協力により卜深庵の維持・活動が行われています。各位に対して衷心より御礼申し上げますとともに、より一層のご厚情をお願い申し上げます。

(理事長・桜斎 七代木津宗詮)



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