帰坂|卜深庵の歴史|卜深庵  

帰坂

 

 大坂に帰った松斎は、千草屋(ちぐさや)平瀬家に寄食することになり、二年後には梶木町(かじきちょう)に家を建て稽古をはじめている。大坂の地に武者小路千家の茶の湯を広めた。

 千草屋平瀬家は、元、播磨国宍粟郡千草(はりまこくしそうぐんちぐさ)(兵庫県宍粟市)で鉄山を仕切る鉄山師であった。のちに大坂に進出して「千草屋」と号して鉄の販売はじめ諸国物産の問屋や両替商・大名貸等を商う、大坂を代表する有力豪商のひとつとなった。

 平瀬家の初代保信が武者小路千家五代文叔(ぶんしゅく)に入門したと考えられ、その後代々の当主が武者小路千家の茶の湯を嗜んでいる。なお、当時の平瀬家の当主は四代春郷(はるさと)半仙(はんせん)であった。

 

       


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