八百善|卜深庵の歴史|卜深庵  

八百善

 

 松斎は、いつのころか不明であるが、雅楽を広めるために江戸に下った。江戸での雅楽伝播活動は意の如くならず、たちまち困窮することとなった。松斎は自ら楽器を作る器用さがあり、同様に料理もできたようで、当時、江戸で著名な料理屋八百(やお)(ぜん)の板場で料理人として身を寄せることになった。 

 当時、八百善は漢学者で狂歌作家・戯作者として知られる大田蜀山人(しょくさんじん)や絵師で俳人として著名な酒井抱一(ほういつ)、儒学者で書家の亀田鵬斎(ほうさい)などの文人墨客が集う高級サロンでもあった。またペリー来航の際の饗応料理も担い、徳川将軍家代々の御成りも仰ぎ、江戸随一の名声を得ていた。多くの客の中に、出雲松江藩主で茶の湯に格別造詣の深い松平不昧(ふまい)もそうした客の一人であった。松斎は八百善に不昧が訪れた際、不昧の専属の料理人となったのである。

 

 


小さい画像は選択(クリック・タップ)すると拡大表示されます。
拡大された画像の右半分を選択すると次頁、左半分を選択すると前頁へ移動します。



ページの先頭へ戻る