武者小路千家入門|卜深庵の歴史|卜深庵  

武者小路千家入門

 

 不昧のもとでこの上もない最高の環境で茶の湯を学んだ松斎であるが、不昧は自らの流儀ではなく、敢えて武者小路千家の茶匠となるように取り計らった。不昧は自身の茶の湯を大成するために、家臣を他流に入門させ比較研究につとめている。また、参勤交代の途次に京の千家をはじめ薮内家を訪れるなどもしている。その結果、不昧は武者小路千家の一啜斎(いっとつさい)の茶の湯が最も意にかなっていたようである。一啜斎は、文化六年(一八〇九)五月九日に大崎下屋敷の三畳台目席の茶事に招かれていている。不昧の茶事に招かれた唯一の千家の家元である。松斎を通じて武者小路千家の茶の湯を研究する目的と、将来、松斎が大坂に帰った時に身を立てるのに益となるようにとの思いからであったとされている。

 機が熟した文化十年(一八一三)、松斎三十七歳の時に不昧より同筆「寒松一色千年別」の墨跡と木津の苗字、宗詮・卜深庵(ぼくしんあん)の号を与えられ、大坂において茶道の興隆に努めるようにすすめられ、前途洋々たる思い大坂に帰り、武者小路千家八代家元一啜斎に入門することとなる。

 

         


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