一服一銭

 

 室町時代、参拝者でにぎわう神社仏閣の門前や四季の名所、種々の芸能が興行される河原、市中の街角などに荷ないや小屋掛けの茶売りが行われた。本来、「一銭」とは漢方(本草(ほんぞう))で茶を一服点てるのに適切な茶の量を表す単位であったが、茶一服の値段が銭一文という詞が一つになり、茶売りのことを表すようになったようである。

 その姿は(おおご) (担い棒・天秤棒) の前後に茶道具を振分け荷物として荷なって移動運搬する立売(たちうり)りと、床几(しょうぎ)に座り風炉釜と水桶、茶道具を置いて茶を点てて売る座売(ざうり)り、粗末な小屋掛けや軒を構えた茶屋などの常設のものなどがあった。

 栄西(ようさい)によって招来された中国南宋の禅院で行われていた喫茶の風から、栄西や明恵(みょうえ)らは睡魔を払う仏道修行の便法として用い、また道元は茶礼を日常行儀に取り入れ、叡尊(えいそん)忍性(にんしょう)施薬(せやく)施茶(せちゃ)に茶を積極的に取り入れた。

 室町時代を迎え、商品流通の発展により、喫茶の風はより一層広く庶民の間にも普及し、北野天満宮(きたのてんまんぐう)賀茂両社(かもりょうしゃ)祇園社(ぎおんしゃ)清水寺(きよみずでら)壬生寺(みぶでら)など貴賎衆庶の広い信仰を集めた神社仏閣の社頭門前で一服一銭の茶売人が活躍することになる。この喫茶は単に喉を潤し休息するだけではなく、茶の薬効や清浄力と密接な関係を有しており、また聖なる神仏との境界域を表す意味も伴っていた。

参考文1992年・平凡社・『献茶の湯絵画資料修正』

 

画像は全て『茶の湯絵画資料集成』平凡社より転載





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