木津宗詮2023年11月13日読了時間: 1分水無瀬神宮大阪府島本町の旧官幣大社水無瀬神宮は後鳥羽天皇の離宮であった水無瀬殿の跡に建立されています。承久の乱で隠岐に配流となり、その地で崩御された後鳥羽上皇の遺勅に基づき、藤原信成・親成親子が離宮の旧跡に御影堂を建立し、上皇を祀ったことに始まります。最初は「法華堂」と称されて仏式で...
木津宗詮2023年11月13日読了時間: 3分土御門天皇祭水無瀬忠政筆土御門天皇祭祝詞 です。 掛巻母畏伎水無瀬宮乃大前爾宮司従三位勲四等子爵水無瀬忠政恐美恐美白左久此乃御殿乎静宮乃常宮登鎮座須土御門天皇乃大前乎齋比奉留思出深伎一年爾一度乃今日乃御祭爾御饌御酒種々乃味物乎供奉里又千利休乃流乎汲米留官休庵千宗守宗匠我仕奉茶乎母捧奉留...
木津宗詮2023年11月7日読了時間: 1分11月7日 稽古場の床2夜は春日大社職員の稽古。床に先々代家元愈好斎の一行「萬歳萬々歳」を掛けて炉開きを祝いました。 愈好斎の門人水谷川忠麿(紫山)は、戦後最初の春日大社宮司でした。かつて一乗院門跡に初代松斎宗詮が稽古をしていました。一乗院最後の門跡が還俗し、新たに水谷川男爵家を立て、その初代忠起...
木津宗詮2023年11月7日読了時間: 2分興宣大院君(こうせんだいいんくん)大院君画「蘭図」です。 興宣大院君(こうせんだいいんくん)は1820年12月21日(時憲暦嘉慶25年十一月十六日) - 1898年(光武2年)2月22日(時憲暦二月初二日))は、李氏朝鮮時代の高宗の実父で、本名は李昰応で、元来「大院君」とは直系でない国王の実父に与えられる称...
木津宗詮2023年11月7日読了時間: 1分玉津島神社玉津島神社の披講無事に終えることができました。和歌三神の一柱で衣通姫命がご祭神です。冷泉家では俊成卿以来、歴代のご信仰が格別厚いとのことです。披講の講師を勤めさせていただいたことはまことに名誉なことであり、本当にありがたいことと感謝しています。ますますの歌道の上達を祈念して...
木津宗詮2023年11月6日読了時間: 1分白山6年前に石川県白山市の白山比咩神社にご挨拶にうかがいました。その奥宮が石川、福井、岐阜の3県にわたり高くそびえる白山の山頂に祀られています。白山は古くから霊山信仰の聖地として今日に至っています。養老元年(717)に初めて白山に登拝した僧泰澄は、翌年山頂に奥宮を建立しました。...
木津宗詮2023年11月6日読了時間: 1分平瀬家本家平瀬露香の大阪平瀬家本家を兵庫県宍粟市山崎に訪ねました。ご子孫から詳しくお話を伺い、貴重な資料も拝見させていただきました。とてもご親切にしてくださり本当にありがとうございました。写真はご了解をいただいてアップしてます。
木津宗詮2023年11月2日読了時間: 1分責任感同じく七不思議の一つ白木の棺です。 今なら予算超過しても絶対に自害するなんでことありません。江戸時代ということで現在とは当然異なりますが、仕事に対する責任感は恐るべきものが伝わります。
木津宗詮2023年10月31日読了時間: 1分江口君堂江口は大阪市東淀川区にある地名で、淀川の河口部分にあたり、神崎の津とともに海上交通の要衝として古くからにぎわった所です。江口の遊女は室津の花漆と同じく、「遊女長者」と呼ばれるほどの地位にいました。 四天王寺に参詣する西行法師が、江口を通った時ににわか雨にあい仮の宿りを遊女に...
木津宗詮2023年10月31日読了時間: 1分竹生島弁財天滋賀県長浜市の竹生島弁才天は江の島と宮島と並んで日本三大弁天のひとつに数えられてます。中世、竹生島は大地の最も深い場所である金輪際から生え出た金剛宝石の柱で、釈迦が悟りを開いた時に座していた金剛座とされていました。島には弁の岩屋と呼ばれる龍穴があり、そこから現れる大鯰が島を...
木津宗詮2023年10月31日読了時間: 1分中山神社30年ぶりで再会しました。かつて私が稽古を始めた間なしに護王神社の稽古場に来ていた方に。下関の中山神社に嫁がれ、結婚式でスピーチさせてもらいました。それぞれの主賓が嵯峨さん、平安神宮元宮司の九条さんで、その次でとても緊張したのをよく覚えています。...
木津宗詮2023年10月30日読了時間: 2分上の間藩主御成の時に使われる「上の間」です。10畳敷で、一間の床その左に違棚、右には付書院、長押付きの構えです。 天井は砂刷りの板で竿縁は丸太の面取り、床の落としがけ等には銘木が用いられ、床框は真塗。長押には菊の釘隠し。また、濡れ縁も二段となり、濡れ縁に座る立場の者、給仕するもの...
木津宗詮2023年10月30日読了時間: 3分10月23日 稽古場の床1本日は旧暦9月9日重陽です。重陽は菊の節句として菊の着せ綿や、菊酒などで一般的です。 重陽では登高(とうこう)という厄払いも行われました。登高とは重陽の日に山に登って災厄をはらう行事をいいます。そのはじめは中国清代に書かれた北京の年中行事を記した『燕京歳時記』に、...
木津宗詮2023年10月30日読了時間: 1分記念茶会東本願寺の大寝殿はじめ、白書院、宮御殿などの諸殿群14棟と歴代門主の住居、並びに執務空間である「内事」建物3棟が重要文化財の指定を受けた記念茶会にお招きいただきました。 大谷暢顕前門首裏方(夫人)大谷妙子大裏方が鶴の間でご亭主として釜を掛けられました。祝賀に相応しい数々の道...
木津宗詮2023年10月28日読了時間: 1分長浜城滋賀県長浜市の長浜城は、羽柴秀吉・豊臣秀吉が始めて築いた城です。一乗谷の戦いののちに浅井氏の旧領を拝領し、当時今浜と呼ばれていた地を信長の名から一字拝領し長浜に改名したそうです。琵琶湖に石垣が接し、城内の水門から直に船の出入りができるようになっていたとのことです。...
木津宗詮2023年10月27日読了時間: 5分義民京都市伏見区の御香宮神社の門をくぐって直ぐ右手に「伏見義民の碑」が建っています。 題字は三条実美、碑文は勝海舟の撰になります。明治20年(1887)に建てられたものです。駒札によりますと、天明5年(1785)、時の伏見奉行小堀政方(まさみち)の悪政を幕府に直訴し、伏見町民の...
木津宗詮2023年10月27日読了時間: 2分十三夜江戸前期の大徳寺169世、天祐紹杲(てんゆうじょうこう)の一行「牀前看月光」です。 牀前看月光 天佑叟(印) 牀前看月光(しょうぜんげっこうをみる) 出典は李白の「静夜思(せいやにおもう)」です。 静夜思 李白 床前看月光 疑是地上霜 挙頭望山月 低頭思故郷...
木津宗詮2023年10月26日読了時間: 1分御本半使(はんす)茶碗。半使とは朝鮮の訳官、とけ通辞の名のことこととされ、半使の指導により朝鮮釜山で焼かれたとされています。形は種々あり赤く斑点の出たものを喜ぶよとのことです。この茶碗は底に窯傷があり、名残の頃に相応しいということでしばしば使う茶碗です。
木津宗詮2023年10月25日読了時間: 1分宗真作 竹茶杓「鶴」7代家元直斎室宗真の作になる竹茶杓「鶴」です。筒と箱の書付は8代一啜斎です。筒に「八十五歳宗真作」、箱には「老母宗真茶杓 鶴」と認めています。 武者小路千家では、文政6年(1823)の3月に還暦を迎えた娘婿の一啜斎が隠居し、孫娘宗栄の婿として裏千家から迎えた不見斎の三男好々...