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執筆者の写真木津宗詮

4月20日 稽古場の床

本日の東京稽古場の床は、大徳寺の宙宝一行「今日残花昨日開(きょうのざんかきのうひらく)」です。

今日残花昨日開

  前大徳松月老衲書(印)

この世には残花なんて存在しません。全ての花は今日を盛りとして精一杯咲いています。「残花」とは人が勝手にそう呼んでいるだけです。宙宝和尚は残花を肯定的にみています。

花について井伊直弼の『茶湯一会集』にまことに興味深い記述があります。濃茶点前で柄杓を引いた後、花入を尋ねるところに、

生花は有為転変・飛花落葉を観する事専要にして、見る内にも色かわり、うつろい行くものなれば、永々と目とどめて見るものにあらず。右挨拶すめば、主客とも、再び見ざるが習い也。

とあります。極端にいえば、亭主は席入して客が花を拝見する瞬間を見計らい、もっとも良い状態の花を入れます。移ろいゆく花はその瞬間が過ぎるともう最高の状態ではなくなります。だから再び見ないのが習いといっています。直弼の茶の湯の厳しさをら見ることのできる一文です。

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