篝火にたちそふ恋の煙こそ
世には絶えせぬほのほなりけれ
行く方なき空に消ちてよ篝火の
たよりにたぐふ煙とならば
『源氏物語』二十七帖「篝火」の光源氏どうこう玉鬘の贈答歌です。篝火とともに立ち上る恋の煙は永遠に消えることのないわたしの思いなのです、と篝火の煙に自分の恋心を表わした光源氏に対して、玉鬘は、許されぬ恋のような煙は空に消えてくださいと、拒絶します。庭に篝火を焚いて、添い寝する光源氏と玉鬘との間に交わされる微妙な恋の駆け引きが描かれています。そしてほのかな篝火の火影に見える女性の姿を情趣深く表している箇所です。
篝火は鉄製の籠の中で薪をたいて照明する火をいいます。またその鉄製の籠を篝といい、脂 の多い松の割り木が燃やされます。「かがり」は「輝り」の意からとされています。古来の照明具の一つで屋外で固定して用いられました。それに対し手に持って移動するときは松明 (たいまつ)が使われました。
篝火に限らず、松明もろうそくの炎も、電灯の明かりとは異なり、風に揺れる炎がなんともいえない奥深い幽玄な風情を醸し出します。
湯木貞一の短冊「篝火や云々」です。湯木の「卒寿」、すなはち90歳の時に書かれたもので、以前、ある方を通じていただいたものです。
篝火や鼓うつ手に花のまふ 白翁
湯木貞一は日本料理店「吉兆」の創業者で、日本料理と茶の湯に生涯をかけ、日本料理界の地位向上に貢献したことから料理業者として史上初めて文化功労者となりました。茶の湯の研鑚を重ね、また茶道具の収集にも心を傾け、その収集品は湯木美術館として公開されています。
なお、大阪高麗橋の吉兆本店は元道具商小島嘉助邸で、後に手を加えられていますが聿斎宗泉の設計になる建物でした。その建物も惜しくも昨4月に老朽化のため解体されてしまいました。
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