夜とゝもに 棹さすかたへ なかれつゝ とむれは よとむ 水の月哉 千蔭
江戸中期から後期にかけての歌人で国学者加藤千蔭の清流月影画賛です。
加藤千蔭は幕府の与力で歌人の加藤枝直(えなお)の三男です。本姓は橘氏。朮園(うけらぞの)・芳宜園(ほうぎえん)・耳梨山人・橘八衢等と号しました。近世および近代の『万葉集』の普及に多大の力を持ち、著書に『万葉集略解(りやくげ)』があります。10歳で賀茂真淵に入門し村田春海(はるみ)と並んで真淵の門派県門(けんもん)の双璧と称されました。
家職を継いで町奉行吟味役や田沼意次の御用人などを歴任しました。歌人としての生活は順調で、晩年に至って江戸歌壇における有力者となりました。歌風は新古今風の繊細さに特色を示し,家集に『うけらが花』があります。なお、香川景樹の和歌に対しては強烈な対抗心を燃やしていました。
水面に映る月影は船とともに進みます。船を止めると水面の月はこの絵のようによどみます。歌も素晴らしいですが絵もなんともいえないゆかしさです。この軸を見ているとあたかも自分自身が船に乗った心地になります。私のお気に入りの一幅です!
今宵は仲秋15日。残念ながら雲が空を覆い名月を望むことができません。今年は例年通りに薄と萩を白磁の酒徳利に入れ、団子を手向けました。はるか雲の向こうから月が花を愛で、団子を食べてくれていることと思います。そして中空に浮かぶ月の代わりにこの軸を床に掛けて水面に映る名月を心に月にうかべて眺めました。水面の月も心の月も棹をさして流れを止めた瞬間によどんでしまいます。凡夫の私は年がら年中心の中に棹をさして流れを止めて心の中ででよどんだ月を眺めています。
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