鈴木百年(すずき・ひゃくねん)の鉾の図です。
鈴木百年は四条派の画家で、嘉永元年(1848)京都生に生まれました。天文・易学で知られる鈴木星海の子で、日本画家鈴木松年の父にあたります。名は世寿、字は子庚。別号に大椿翁・大年等。岸連山に就き、与謝蕪村・呉春・日根野対山の風を慕いました。諸派を折衷して一家を成し、鈴木派と呼ばれる新興の流派を生み出しました。門下に今尾景年・久保田米僊らがいます。明治24年(1891)67歳で没しています。
今夜は祇園祭の宵山です。日が沈みはじめると山鉾に吊られた駒形提灯に火が入り、祇園囃子が奏でられます。四条通と烏丸通りが夕方から歩行者天国になり、繰り出した人達で通りがいっぱいになり、露店も出て賑やかな雰囲気に包まれます。9年前49年ぶりに山鉾巡行が前祭(さきまつり)と後祭(あとまつり)の2日にわけて行われます。17日の神幸祭で御旅所に御神霊が神輿でお出ましになり、24日の還幸祭で神社にお帰りになります。山鉾巡行は御神霊の通行の前に、町衆が予め町・通りを清めるために始められたと言われています。元々は付け祭りだったのが、町単位で山鉾が出されたため、各町が贅を競い合うようになり、京の町衆の財力を背景にかえってこちらの方がはるかに大規模で豪華なものとなり、神輿の巡行のほうが知られていません。なお、この絵は脇に描かれている月が上弦の月で、前祭であることがわかります。
宵山期間は、昼間から各山鉾町の町会所に展示されている宝物を見ることができます。祭の期間中、一般の家や会社は白い提灯を掲げていますが、町会所の入口だけには赤い提灯が設置されていて町会所の目印となっています。一部個人家でも表の格子を外して秘蔵している屏風や美術品、調度品などを飾り、祭り見物に来た人々にも、通りから鑑賞してもらえるようにしています。また、女人禁制の長刀鉾以外、ほとんどの鉾・曳山に搭乗することができます。重要文化財のベルギー製タペストリーを伝える鯉山の町会所飾りなどは人気が高く多くの人が順番を待っていますお守りや粽の販売を促すため、少女の童歌が名物となっています。
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